「やってますか?」
不安になって尋ねた。男性の店員さんは時間を確認して、「ちょうどオープン時間ですね、どうぞ」と言われ、席に通される。
「来てもらうのは初めてですか?」
来るのも初めてだし、シーシャを吸うのも初めてだと伝えた。簡単にシステムの説明をされ、シーシャの味を選ぶように言われた。メニューを眺めて、なにがいいのかよくわからず、「シナモンとかチャイとか、なんかそういうのすきなんですけど」と漠然としたことを言うと、「じゃあアップルシナモンとかにしてみましょうか」と言われ、よくわからないまま頷いた。
店員さんはカウンターに引っ込み、その間手持無沙汰になって店内を見渡す。見慣れないランプが天井からつり下がっていて、視界にはシーシャの本体が。当時はよくわかっていなくて、怪しさを感じながらも初めての体験にわくわくしていた。
待っている間やることもなく、カウンターの店員さんの元に向かって、「作業見ていてもいいですか?」と聞くと、快く了承してくれた。
シーシャってどういうものなんですかというざっくりとした質問にも丁寧に答えてくれて、話をしながら作業を見守った。
「あとは待つだけです」と言われて、席に戻る。スマホでシーシャについて検索してみたけれど、よくわからない。十分ほどして、シーシャが運ばれてきた。簡単に説明を受け、吸ってみると味わったことのない、けれど美味しいことだけはわかる味が広がった。
「あ、なんかいいかも」
最初に感じた感想は、たぶんそんなものだったと思う。店員さんはこまめに確認してくれて、目の前で大量の煙を吐いていた。
「どうやったらそんなに煙出るんですか?」と質問して、細かく吸い方を教えてもらう。幸いにも他にお客さんはいなかったから、ほぼマンツーマンで吸い方と吐き方のフォームチェックをしてもらった。
目の前に大量の煙を吐き出す。それだけで楽しかった。異国情緒のある雰囲気の中、ただ煙を出すという行為を無心になって続けた。その日は味がなくまるまで、ただひたすら煙を吐き続けた。
二度目の来店は早かったように思う。シーシャという未知の体験に心を惹かれて、またすぐに行きたくなった。お店では無料でWi-Fiが使えることを知り、パソコンを持って行っていたからシーシャを吸いながらライターの仕事をした。それまでずっと家で仕事をしていたから、環境を変えるのは刺激になってよかった。集中して仕事をしながら、シーシャというおもしろいものに触れられる。これ以上ない環境だと思った。
何度も通ううちに、顔見知りになるスタッフも多かった。オーナーに「最近よく来るやん」と言われ、どこか恥ずかしくなって別の店にも行ってみたが、結局シーシャの味や雰囲気がよくて、同じ店に通い続けた。
週末は混んでいることも多くて、シーシャを楽しむにはいいが、落ち着いて仕事をするのは難しかった。週末は家で、平日はお店でシーシャが吸いたいと思い、家でもシーシャを始めてみたいとオーナーに相談してみた。
自分で調べたサイトの画面を見せると、「それはよくないな」、「これは使えるけど、この部分。ステムが錆びる可能性がある」などアドバイスをもらい、結局よくわからなくなって「なんかおすすめのやつないですか?」と丸投げした。
「今度発注するから、一緒に買おうか?」と言われ、二つ返事で「お願いします」と頼んだ。
パイプが届き、一通りの説明を受けて、すぐに家で試してみた。最初はヒートマネジメントシステムなんて持っていなかったから、アルミの上に炭を直接置いた。
煙、全然出えへんやん。めっちゃ焦げた味する。なんか、粘土みたいな味して美味しくない。
自分で作った最初のシーシャは散々な結果で、30分もしないうちに吸うのを諦めた。またすぐに店に行き、大失敗したことを伝えると、作り方を細かく教えてもらえた。自分で注文したシーシャは、完成間近のタイミングで教えてもらい、「ここまで温度上げる」というのを感覚的に学んだ。
店に行くたびに質問をして、吸ったことのない色んなフレーバーを試し、シーシャの奥深さにどんどんはまっていく。
11月ごろ、ライターの仕事が暇で、ほとんど毎日お店でシーシャを吸っていた。
「最近毎日来るな」
「仕事暇なんですよー」
そんな会話をしながら、いつも通りシーシャの勉強をし、美味しいシーシャを堪能した。シーシャを吸いながらパソコンで調べ物をしていると、オーナーから「最近仕事どうなん?」と聞かれ、仕事の話をされるのは珍しいなと思いながら、「時期的な問題なのか、なんか暇ですね」と答える。
「そうか」と納得したように呟き、二言目には「働かへん?」と言われ、急速に動き過ぎる状況に、脳の理解が追いつかない。
「え?」
「働かへん? うち今スタッフ少ないし。基本的にスタッフはお客さんから採用するようにしてんねん。そのほうが俺が楽やから」
「いやー、でもどうなんですかね。おもしろそうやけど、難しそうやし。ライターの仕事どうなるかわからんし」
「ちょこちょこ入ってくれるでも全然いいよ。暇やったら店にいながら自分の仕事してくれててもいいし」
プッシュされるが、どうすべきか悩んだ。楽しそう、なかなかできる仕事でもないから、チャンスは今しかないかも。さまざまな思いが逡巡する。でも、実際的に仕事としてちゃんとできるかわからないという気持ちが強く、店がすきだったからこそ迷惑をかけることにならないかと不安でもあった。
「とりあえず働いてみたらいいやん。シーシャ上手になるで」
その一言に、抗うことはできなかった。
「じゃあ、やってみます。あ、でも全然使いものにならんとかやったら、いつでも言ってください。迷惑にはなりたくないんで」
「それはやってみんとわからんな。じゃあよろしくお願いします。で、いつから入れる?」
オーナーのスピード感にはいつも驚かされる。笑いながら1週間後くらいですかねーと答えながら、予定を確認すると翌日はなにもすることがなかった。
「あ、明日からでもいけますか? 明日ちょうどやることないんですよ」
「じゃあ明日からよろしくお願いします」
なにかを始めるなら、少しでも早いほうがいい。新しい世界に飛び込むのは、いつだってわくわくする。
翌日店に向かい、突然シーシャ屋のスタッフとして店にいる自分に、不思議なことにあまり違和感はなかった。
第三部へ続く
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