シーシャ屋スタッフとしての日々は、一言でいえば楽しかった。わからないことがたくさんあって、仮説を立て、さまざまな方法でアプローチして検証する。トライアンドエラーの繰り返しで、技術が上がっていくというわかりやすさが、充実した日々を作り上げる。
できることが増えると、任せてもらえることも多い。それもよかった。
「できるやつが偉い。年数とかは関係ない」
そう言われることで、信頼されているのだと思えた。働き始めてから1ヶ月ほどして、スタッフ全員が集まってひとりずつシーシャを作るという会があった。同じ年の、でもキャリアは自分よりも格段に上のスタッフに、「お客さんに出すなら、まあ合格点のレベルやけど、ここから君はプレイヤーとしてどうなりたいん?」と言われた。
自分のプレイヤー性。考えたこともない思考に、悩む日々が続いた。悩んで導き出した答えは、色んな人の真似をして、とにかく引き出しを増やすということだった。スタッフの多くはそれぞれ得意分野があって、その分野で異常な力を発揮していた。だから、自分は同じ土俵に立つのではなく、すべてのレベルを引き上げたオールラウンダーとして成長し、ひとりで何役もできればいいなと漠然と思っていた。
ミックスのレシピや吸い出しの熱量は、頭と体の両方で覚えていった。店の作り方とは違うやり方を試し、自分なりに理解を深めようとも努力した。
働き始めてから1年半ほどが過ぎ、働いている店の新店がオープンしたり、同じ年の子が自分でお店をオープンしたりと、さまざまな変化があった。
スーツ姿で働くことに昔から違和感があったから、昔から自分でお店をしてみたいという願望はあった。ただそれは、なにかお店でもというだけで、なんのお店なのかはまったくイメージできていなかった。
周囲の変化に感化され、自分でもシーシャのお店をやってみたいという気持ちが強くなった。オーナーに独立してお店をやりたいと伝えるのは、吐きそうになるほど緊張した。
「ええやん。やってみたら」
意外にも返事はそれだけだった。肩の力が抜けた。懐の深さを感じて泣きそうになった。後日改めてどういう店をやりたいのか、資料を作ってオーナーにプレゼンした。内容を確認して、すぐに同意してくれた。そこからは、店で働きながらライターの仕事もし、物件を探す日々だった。
店をやりたいと思い立ってから、物事がスムーズに進んだわけではない。コロナの影響もあってかは、なかなかちょうどいい条件の物件は見つからず、不動産の情報とにらめっこする日々が続いた。
店を探してから1年ほど経って、ようやく条件のいい物件が見つかった。
「ここ、どうですか?」とスマホの画面を見せるときは緊張した。オーナーは物件情報を細かく見ながら、「ええやん。内見いつにする?」とすぐに次の行動を示してくれた。
物件が出てから数日もしないうちに、2人で内見に行った。店をざっと見て、「いいな」、「いいですね」と言い合う。
「どうする、とりあえず申し込みしとこか?」と言われ、すぐにお願いをし、そこからはとんとん拍子に話が進んだ。
店は居抜きで、正直ほとんど手を加えずに営業を始めることができる。機材とフレーバーが揃えば、すぐにでもオープンできる環境に胸が高鳴った。
オープンに向けてやるべきことは本当にたくさんあって、今この文章を書いているのも、オープン準備のひとつといえる。
ライターの仕事は、別に楽しいと思ったことはないけれど、単純に稼げるのがよかった。シーシャ屋でダブルワークをしながらでも、ライターだけの月収で100万円を稼げたこともあるし、仕事が多いときは安定して月に50万円以上を稼ぐこともできた。
でも、働いた対価として得られるのはお金だけで、充実しているかといえばそうではない。月収100万円に到達したときに、「この仕事は、もういいか」と思った。今もライターをやっている人に申し訳ない話だが、あくまでも自分の中でひとつの仕事が完結したと思っただけだから、その点はご容赦頂きたい。
新しくシーシャ屋としての道を歩み始めるのに、不安がないわけではない。高い家賃を支払っていけるのか、お客さんは来てくれるのか、自分の作るシーシャで満足してもらえるか。不安をあげればきりはない。
でも、それ以上に楽しみという感情のほうが大きい。何事もやってみなければわからないし、少しでも興味があるなら、まずはやってみるべきだと思う。
物事は観方次第でメリットもデメリットもあるし、デメリットを考えればきりなんてない。悪い側面だけ見ていても仕方ないし、やってみて気づく楽しさやおもしろさもある。
普通に進学し、やりたいことも特にないまま就職先だけ決まって大学を卒業した。就職したところは1年でやめて、大丈夫という確証もないままライターを始め、そこからシーシャに出会った。
シーシャ屋では色んな人に出会えたし、店の企画としてシーシャ業界初の小説を書いてみようということになり、ちゃんと製本もして多くの人に読んでもらうという貴重な経験も得ることができた。
これまで出会った人たちには、本当に感謝が絶えない。オーナーを始め、一緒に働いていたスタッフ、お店に来てくれたお客さん、友達。誰かに頼ることが選択肢になかったこれまでの人生を振り返っても、シーシャ屋のスタッフとして働いた日々は、多くの人に頼りっぱなしだったと思う。
「呼び方、どうする? ライターでええか」と、雑に呼び名が決まり、ライターくんやライターさんという愛称で、お客さんにも呼んでもらえた。
「なんか引っかかるようなポイントあったほうがいいから」
今になって、オーナーの言葉が身に染みる。一個人としての自分ではなく、ライターさんというシーシャ屋の人間を作ってくれたことに、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
お店のオープンは目標のひとつだったけれど、当然これがゴールではなく、スタートになる。
なにかを始めるのは、いつだって楽しい。そんな気持ちを忘れずに持ちながら、今日も今日とてシーシャを吸っています。
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